以前に、お笑い芸人の南海キャンディーズのしずちゃんがボクシングで、ロンドンオリンピックの出場を目指していたことは記憶に新しいですよね。
一時期、テレビの世界でも見ることが少なくなってた時期があったと思いますが、その時はボクシングの練習に打ち込んでいたそうです。
でも、結果などってあまり聞くことがなかったので、この記事では、しずちゃんのボクシングの成績/戦績や引退した理由。ボクシングをはじめたきっかけなどについてまとめていきます。
最近では、日本ボクシング連盟、「しずちゃん」に強化委員就任を要請をしています。
広報役としても活躍しそうですよね。
日本ボクシング連盟は東京オリンピックに向けて女子の知名度向上を図ろうと、ミドル級で日本一になった経験のあるタレントの山崎静代さんに、強化委員の就任を要請したことが関係者への取材でわかりました。 https://t.co/oATkyEadoh
— NHKスポーツ (@nhk_sports) August 8, 2020
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目次
しずちゃんのボクシングをはじめたきっかけは
南海キャンディーズのしずちゃんは、あの恵まれた体格が特徴ですよね。
でも、お笑いとしては面白いのですが、ボクシングという格闘技の世界では別で、経験や性格なども影響していきます。
多分スポーツをしている風っていうイメージもありませんでした。
きっかけが、やっぱりバラエティ番組で、お笑い芸人のロバートの山本博さんが企画でボクシングのプロライセンスがとれるのか?っていうもの。
そんな中で、山本博さんからボクササイズをすすめられて、はじめたそうです。
女性でも体格が良いので対戦相手はおらず、時間が過ぎていきました。
その後、しずちゃんはドラマでボクサー役を演じることになった時に、指導したのが梅津正彦トレーナーです。
しずちゃんの体格やストイックな姿に「やるなら本気でやろう」と助言しボクシングを本気で開始したのがはじまりです。
その後は、ボクサーとして2012年ロンドンオリンピック出場という目標に取り組みました。
体格的にヘビー級などで、日本には女子選手がおらず、試合は組めないので練習を積み重ねました。
2009年2月にはC級ライセンスを取得しました。
しずちゃんの引退した理由
直接的な理由ではありませんが、梅津正彦トレーナーが、余命あとわずかという、メラノーマとよばれる悪性腫瘍に侵されてしまい、余命わずかということが判明しました。
でも、中途半端に終わらせない為に、治療をしつつトレーナーを続け、指導をすることで世界と戦えるだけの強さを身につけさせてきました。
そんな中で、梅津正彦トレーナーも亡くなられ、しずちゃんも惜しくもロンドン五輪をあと一歩で逃してしまいました。
リオ五輪出場を目指していましたが、目前で引退発表を行いました。
理由として
体力の限界というのが大きいです。
膝の怪我の手術ややっぱり、梅津正彦トレーナーがいないというのも大きいかもしれません。
試合相手がいないことでモチベーションの低下などもあったのかも。
しずちゃんの成績/戦績まとめ
気になるのはしずちゃんのボクシングの戦績です。
やっていることは話題になっていたものの試合って放送もされずに、結局分からない。
ということで調べてみました。
デビュー戦は
2011年5月第1回タイペイカップトーナメント
初戦敗退で出場者4人で3位
2012年2月全日本女子選手権兼ロンドン五輪予選日本代表派遣選手選考会
階級をヘビー級からミドル急に階級を下げて出場
決勝戦で鈴木佐弥子選手と対戦。
判定26対11で勝利し優勝、なんと日本代表に選出されました。
出場者は少なかったかもしれませんが、日本代表になったのはスゴイこと。
2012年5月世界選手権
2回戦のシャフノザ・ニザモワ選手(ウズベキスタン)と対戦し、3ラウンド1分54秒でTKO勝利しました。
3回戦では、アンドレア・シュトローマイヤー選手(ドイツ)と対戦し、1ラウンド1分56秒TKOで敗北しました。
あと一歩のところで、ロンドンオリンピック出場を逃してしましました。
2014年11月世界女子ボクシング選手権大会
1回戦でエジプト選手に0-3の判定負けでした。
これ意向は試合もなく引退をされました。
対戦相手が少なくって、試合経験が少なかったことは残念ですが、努力が見える結果を残してします。
芸人もやりつつ改めてスゴイなと感じました。
まとめ
南海キャンディーズのしずちゃんのボクシングへの取り組みはいかがでしたでしょうか?
お笑いの企画ではなく純粋にスゴイ努力をしてきた姿に対して本当に素晴らしいなって思います。
そして女子ボクシングへの貢献も非常に高いですよね。
これからはお笑いの世界での更なる活躍を期待しています。